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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)564号 判決

控訴人 雅叙園観光株式会社

被控訴人 東京国税局長

訴訟代理人 真鍋薫 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、控訴会社が、その昭和二八年九月一日より同二九年二月二八日にいたる事業年度(以下本件事業年度という)の法人税について、昭和二九年四月三〇日、所得金額を一八五六万四三六三円として確定申告をしたところ、目黒税務署長が、昭和三一年三月二〇日付で所得金額を四三八八万五九〇〇円、法人税額を一八四一万三七四〇円とする旨の更正決定をなし、同年四月一日控訴会社に通知したこと、控訴会社は、右処分を不服として被控訴人に対し、昭和三一年四月二八日、審査の請求をしたところ、被控訴人は昭和三二年一月二三日付で右審査請求を棄却する旨の決定をなし、同年一月二五日控訴会社に通知したことはいずれも当事者間に争いがない。

二、控訴会社は、右審査決定には法人税法三五条五項所定の理由附記を欠く違法がある旨主張するのでこの点について判断する。

本件審査決定の通知書における審査請求棄却の理由の附記が「貴法人の審査請求の趣旨、経営の状況、その他を勘案して審査しますと目黒税務署長の行つた更正処分には誤りがないと認められますので審査の請求には理由がありません。」というにすぎないことは当事者間に争いがない。

ところで、法人税法三五条五項が理由の附記を要求している趣旨は、処分庁の判断の合理性を担保してその恣意を抑制する一方、請求人の不服の事由に対する判断を明確ならしめる点にあるものと解すべきであるから、右理由の附記においては、不服事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにしなければならない。しかし、審査請求を棄却する場合には、その決定通知書の記載が当初の更正決定通知書記載の理由と相まつて原更正決定を正当として維持する理由を明らかにしておれば足りるものというべきである(最高裁判所昭和三六年(オ)第八四号、昭和三八年五月三一日第二小法廷判決参照)。

本件についてこれをみるに、本件審査決定通知書に限記された前記のような理由の記載は、それのみでは法人税法三五条五項所定の理由附記として十分とはいえない。しかし、被控訴人が原処分庁である目黒税務署長と同一の見解に基づき原更正決定を維持し審査の請求を棄却したことは、右通知書の記載自体からうかがえるところであり、成立に争のない甲第一一号証によれば、原更正決定通知書には、更正の理由として加算あるいは除算すべき勘定科目とその数額を列挙した表が添付されていること、この表から、控訴会社のなした確定申告のいかなる点が是認され又は否認されたかを明らかにし、更正された所得金額を算出しうることを認めることができる。してみれば、本件審査決定通知書の附記理由は、右更正決定通知書の理由と併わせてこれを考察するとき、原更正決定を正当として維持する理由を明らかにしているものというべく、この点に、控訴会社主張のような違法はないものといわなければならない。

三、所得金額更正の適否

目黒税務署長が前記更正決定において、仮受金中否認額三〇五五万七一五円を益金に加算し、減価償却費超過額一六一万九三七五円を損金より控除すべきものとして所得額を更正し、被控訴人が右更正決定を維持する趣旨の審査決定をしたこと、本件事業年度における控訴会社の損益計算は、右二点を除き、別表「被告本訴主張額」欄記載のとおりである(ただし計及び当期利益欄を除く)ことはいずれも当事者間に争いがない。

1  仮受金否認の適否

(一)  松尾国三が、昭和二三年四月二日、その所有にかかる別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を株式会社西日本相互銀行、(当時西日本無尽株式会社、以下西日本相互という)に売渡したこと、松尾国三を代表取締役とする平和興業株式会社(以下平和興業という)が、昭和二三年四月三〇日設立されたこと、松尾国三が、昭和二三年一二月一〇日、西日本相互から本件建物のうち三、四階部分を期間昭和二四年一月一日より一〇年間、賃料月額七万円の約で賃借したこと、右賃借建物部分において、昭和二四年一二月、福岡雅敍園ホテルが開設されたこと、西日本相互が、昭和二九年二月一七日、右賃貸部分の明渡を受けるとともに、右ホテルの設備什器等一切を買受ける旨の契約を締結し、同日その対価ならびに補償として、控訴会社に四六〇〇万円を支払つたことは当事者間に争いがない。

被控訴人は、右四六〇〇万円は本件事業年度における控訴会社の収入として確定したものであると主張し、控訴会社は、右福岡雅敍園ホテルは控訴会社と平和興業との共同経営にかかるもので、その損益はこれを折半する約であり、西日本相互との前記契約の一方の当事者も控訴会社と平和興業であり、控訴会社の受領した金額のうち資産に対する部分は控訴会社と平和興業がホテル経営に提供した資産に応じて配分され、その余は利益として平分されるべきものであるところ、本件事業年度内に右配分の協議が成立しなかつたので、全額を仮受金として会計処理した旨主張する。

(二)  よつて、以下前記ホテルが控訴会社と平和興業との共同経営にかかるものであるかどうかについて検討する。

(1)  成立に争いのない甲第四ないし第七号証、当審証人貞嶋秀四郎の証言により真正に成立したと認められる甲第二〇号証の三、四、当審証人若林清、同加瀬俊一の各証言によれば、控訴会社は、昭和二四年九月二八日の取締役会、同年一〇月二〇日の株主総会において、本件建物の三、四階に福岡雅敍園ホテルを開設し、これを平和興業と共同で経営する旨の案件を可決承認し、平和興業もまた同年九月一六日の取締役会、同年一一月二五日の株主総会において、右同様の案件を可決承認したことを認めることができ、また、原審証人中井瑛雄の証言によつて真正に成立したと認められる甲第一〇号証によれば、控訴会社と平和興業との間には、控訴会社が西日本相互より受領した四六〇〇万円の配分に関する昭和二九年四月三〇日付覚書が作成されていることを認めることができ、右の事実は、控訴会社の控訴会社と平和興業との間にホテルの共同経営に関する契約が締結され、それが実施されたという主張に副うものである。

また、成立に争いのない甲第一ないし第三号証、乙第一、二号証、原審証人中井瑛雄の証言により真正に成立したと認められる甲第一八、一九号証、当審証人貞嶋秀四郎の証言により真正に成立したと認められる甲第二一号証の一、二、控訴会社代表者松尾国三の原審における供述、原審証人中井瑛雄、同宮崎清己の各証言によれば、「松尾国三は、本件建物の一、二階において映画興行、三、四階においてキヤバレー、ダンスホールを経営していたが、前記のとおり、昭和二三年四月二日右建物を西日本相互に売渡した。その際、右三、四階については、その明渡を同年一二月末日まで猶予された。右売買の直後である昭和二三年四月三〇日前記のとおり松尾国三を代表取締役とする平和興業が設立され、松尾は、同年五月一日、従前の個人経営にかかる前記営業用の資産一切を平和興業に譲渡した。平和興業は、松尾の個人企業を引きつぎ、昭和二四年九月頃まで、本件建物の三、四階において、キヤバレー、ダンスホールの経営を継続した。この間、松尾は、前記のとおり、昭和二三年一二月一〇日、西日本相互から本件建物の三、四階を賃借した。右賃貸借契約において、賃借人松尾は自己が代表する会社以外の第三者に賃借権を譲渡したり転貸してはならない旨の特約がなされた。昭和二四年一月分から同年七月分までの賃料四九万円について、賃貸人である西日本相互は平和興業あてにその領収書を発行した。平和興業は、昭和二四年九月、本件建物の三、四階がホテルに改造されるため、従前のキヤバレー、ダンスホールの経営を廃止した。」ことを認定することができ、右事実は、控訴会社の、平和興業が松尾国三から賃借権を譲受りこれをホテル経営のため提供したという主張に副うものである。

さらに、原審証人中井瑛雄、同伊藤定澄、同和田育宏、当審証人貞嶋秀四郎の各証言、原審並びに当審における控訴会社代表者松尾国三の供述のうちには、控訴会社の前記共同経営に関する主張に副う部分がある。

(2)  しかし、次に述べるような理由から、前記認定のような事実が存在するにもかかわらず、控訴会社主張のような共同経営に関する契約が控訴会社と平和興業間になされ、かつ、右契約に基づいて共同経営がなされた事実はこれを肯認することができず、福岡雅敍園ホテルは控訴会社が単独でこれを経営したものと認めざるをえない。また、共同経営に関する控訴会社の主張に副う前記各証言及び供述部分もたやすくこれを信用することができない。すなわち、

(イ) 共同経営に関する契約書の不存在について

弁論の全趣旨によれば、控訴会社と平和興業との間には、控訴会社主張の共同経営に関する契約書が作成されていないことを認めることができる。ところで、成立に争いのない甲第二〇号証の一、原審における控訴会社代表者松尾国三の供述、当審証人若林清、同貞嶋秀四郎の各証言によれば、控評会社は資本金五〇〇〇万円、平和興業は資本金二〇〇〇万円で設立された株式会社であり、松尾国三が双方の代表者となつてはいたが、平和興業は松尾個人の企業を受け継いだものであるのに対し、控訴会社は、もと、細川一族が支配した合資会社を、経営たてなおしのため松尾を招じて株式会社に改組したものであつて、両者はその設立の由来を全く異にするものであることが認められる。このような両者の関係と規模からみれば、控訴会社主張のような共同経営に関する契約は、これを書面にあらわし、両者の権利義務の関係を明確にしておくのが商取引上通常のことと考えられる。

(ロ) 損益の分配をしていない点について

控訴会社と平和興業が、福岡雅敍園ホテル開設以来その閉鎖にいたるまでの間、損益の分配をしていないことは当事者間に争いがない。この点について、証人中井瑛雄、同伊藤定澄、控訴会社代表者松尾国三は原審において「右ホテル経営は当初利益をあげていたが、平和興業は、控訴会社から、金繰の都合上その分配の延期方の申入を受けたので分配を猶予していた。また、控訴会社において、増資を容易にする都合上、資産内容をよくしておく必要があつたので分配をのばしていた。」旨述べているけれども、成立に争いのない乙第一〇号証、同第一一号証の一、同第一二ないし一五号証、同第二六号証の二によれば、控訴会社は、平和興業に対し、福岡雅敍園ホテル開設の頃から引続き相当額の金員を貸付けていたこと、右ホテルの経営は、昭和二七年上半期頃から欠損を出すようになつたことが認められるのであるから、損益の分配をホテル閉鎖にいたるまで延期する事由はないものというべく、前記証言及び供述部分は措信できない。

(ハ) 別府悟への資産売却について

控訴会社が、平和興業において共同経営のため提供したと主張する資産は、平和興業がこれを昭和二五年一二月六日別府悟へ売却したことは当事者間に争いがない。右売却は、控訴会社主張の共同経営に重大な影響を及ぼすものと考えられるのであるが、原審証人伊藤定澄の証言によれば、右売却処分は控訴会社に無断でなされたことが認められる(この事実に対する評価は、右売買が後日取消されたと否とによつて変るものではない。)。

(ニ) 控訴会社が、平和興業において共同経営のため提供したと主張する本件建物の 三、四階部分の賃借権の帰属について

松尾国三が、昭和二三年一二月一〇日、西日本相互より本件建物の三、四階部分を賃借したこと前記(一)、(二)(1) のとおりである。控訴会社は、松尾が右賃借権を昭和二四年一月一日平和興業に譲渡した旨主張し、右主張に副う事実を肯認しうること前記(二)(1) のとおりである。しかし、

(a) 成立に争いのない乙第一八号証によれば、平和興業は昭和二四年一月一日の前後において右賃借権の譲受につき会計上なんら受入処理をしていないことが認められる。

(b) 成立に争いのない甲第二号証、甲第二七号証の二、三、乙第二ないし第四号証、当審証人阿蘇谷博の証言により真正に成立したと認められる乙第二九号証及び原審並に当審証人鶴喜代二の証言によれば、前記昭和二三年一二月一〇日の賃貸借契約締結当時、すでに、本件建物の三、四階においてホテルを経営することが前提とされ、前記(二)(1) の転貸等禁止の特約の趣旨は、ホテルの経営主体は松尾国三ないしは同人の代表する会社でなければならないという点にあつたことを認定することができ、原審証人中井瑛雄、同伊藤定澄の各証言及び控訴会社代表者松尾国三の原審における供述中右認定に反する部分は信用できない。

(c) 原審証人村上徳一の証言によれば、前記(二)(1) の賃料領収書の宛名を平和興業にしたのは、平和興業が松尾国三の支払うべき賃料を立替支払い、平和興業宛の領収書の発行を要求したという事情によるものであることを認めることができ、原審証人中井瑛雄、同宮崎清巳の各証言、控訴会社代表者松尾国三の原審における供述中右認定に反する部分は信用できない。

(d) 松尾国三が、昭和二四年一〇月二八日、前記賃借にかかる本件建物の三、四階を控訴会社に転貸する旨の契約をしたことは当事者間に争いがなく、右転貸借が形式的なものにすぎないことを認めるに足りる証拠はない。

右(a)ないし(d)の事実に徴するとき、平和興業が松尾国三から賃借権を譲受けた事実を肯認することはできないものといわなければならない。

(ホ) 以上の事実を総合するとき、控訴会社主張の共同経営はその実体を伴わないものであつて、結局、控訴会社の単独経営と認定するほかはないものといわなければならない。

(3)  以上によつて明らかなように、控訴会社が西日本相互から受領した四六〇〇万円は、控訴会社の経営する福岡雅敍園ホテルの設備、什器等一切の売却代金、明渡にともなう営業補償金の合計であつて、本件事業年度における控訴会社の収入として確定したものであるから、目黒税務署長が、右金額より売却物件の簿価一五四四万九二八五円(右が売買当時の控訴会社の簿価であることは当事者間に争いがない)を差引いた三〇五五万七一五円を本件事業年度における控訴会社の所得と認定し、益金に加算したのは正当である。したがつて、また、平和興業との共同経営を前提とする控訴会社の仮定的主張も理由がない。

2  減価償却否認の適否

三冒頭記載の減価償却費超過額一六一万九三七五円が、控訴会社において西日本相互に売渡した設備什器等(簿価一五四四万九二八五円)の減価償却費であることは当事者間に争いがなく、右物件の売買契約が昭和二九年二月一七日に締結され、即日代金の支払がなされたこと前記1(一)のとおりである。してみれば、特別の事情のない限り、右物件の所有権は、右売買契約成立のとき移転するものというべきところ、控訴会社は、買主たる西日本相互が、控訴会社において右物件につき、昭和二九年三月、再評価した金額をもつて受入価格とした旨主張し、このことは、右物件の所有権が昭和二九年三月に入つてから移転したことを意味すると主張する。しかし、右主張事実が認められるとしても、この事実のみで所有権の移転が留保されたことを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。しかも、原審証人堀川武雄の証言によれば、右売買物件はおそくとも昭和二九年二月二二日までに買主である西日本相互に引渡されたことを認めることができる。したがつて、控訴会社は、本件事業年度末において、右物件の所有権を有しなかつたものというべきであつて、その減価償却費を損金に計上することは許されず、これを損金より控除するのは正当といわなければならない。

3  以上確定した事実に基づき、控訴会社の本件事業年度における所得を計算すると、その総額は五三六八万五六八六円六銭となることが明らかであるから、その範囲内である四三八八万五九〇〇円をもつて控訴会社の本件事業年度における所得金額と認定してなした本件更正決定及びこれを維持した本件審査決定は正当である。

四、以上によつて明らかなように、控訴会社の本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却すべく、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がなく棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牛山要 岡松行雄 川嵜義徳)

物件目録及び別紙〈省略〉

更正処分通知書〈省略〉

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